『METAL GEAR SOLID V THE PHANTOM PAIN』はその発売直後から「未完成なのではないか?」「終わっていないのではないか?」という声が数多く聞かれた。限定版付属のBlue-rayに収録された幻のエピソード『蝿の王国』の存在がその声をさらに大きなものにしたのは間違いないだろう。とはいえ実際のところ当時のKONAMIで何が起きたのかは我々ファンに正確かつ客観的な情報は何一つわからないし、世に出た作品や情報から考察ないし想像・妄想を巡らせることくらいしかできない。それこそニーチェの言葉のように。
「事実なるものは存在しない。あるのは解釈だけだ。」
以下は自分なりの”解釈”である。
『蝿の王国』にはMGS1を彷彿とさせる要素が多数あった。シャドーモセスの再演と言っても良いだろう(作中の時系列的には蝿の王国のほうが前ではあるが)。中部アフリカの塩湖に浮かぶ島(アラスカフォックス諸島沖に浮かぶシャドーモセス島)でイーライ(リキッド)率いる武装集団がサヘラントロプス(メタルギアレックス)による核攻撃と引き換えに「BIGBOSS」の遺体を要求。プレイヤー=スネークは潜入任務に望むことになる。声帯虫とFOXDIEという特定のターゲットを狙った生物兵器というキーワードも相似的だ。白い防護服に身を包んだXOF隊員も白い防寒装備のゲノム兵を連想させる。
『蝿の王国』が特に顕著ではあるが、思えばV自体にMGS1とリンクするようなところが多くあった。主要人物を見てみてもイーライ、オセロット、第三の子供は後にFOXHOUN隊員としてシャドーモセス島事件に関わるし、クワイエットは女スナイパーであるスナイパー・ウルフとコードトーカーはバルカン・レイブンとネイティブアメリカンという要素で多少なりともそれぞれ重なるところがある。完璧に他人になりすますという意味でヴェノム・スネークはデコイ・オクトパスと共通していると言えなくもないだろう。Vでマザーベースに居た人物が後のFOXHOUND隊員とある部分では直接的にまたある部分ではどことなく重なっているのだ。『THE ART OF METAL GEAR SOLID V』を見るにチコはサイボーグ忍者のポジションだったのかもしれない。*1
MGS1とMGSV両方に出てくるのは何も人だけではない。武器にもまた両作に重要なアイテムとして出てくるものがある。「スティンガーミサイル」だ。
風に流されないように、タワー2から距離をとって旋回しているハインドに、スネークはスティンガー・ミサイルの照準を合わせる。冷戦時代、旧ソ連の思惑に対抗するため、アメリカ合衆国がアフガンゲリラに供給した武器だ。
1979年、前年に成立した共産主義の親ソ政権に対する武力蜂起への支援としてソ連がアフガニスタンに軍事介入を開始した。ソ連のアフガン侵攻である。これに対し当時ソ連と冷戦状態にあったアメリカはムジャヒディンを名乗る現地アフガンゲリラを非公式に支援。ゲリラを苦しめていた攻撃ヘリ「ハインド」への対抗手段としてスティンガーミサイルを供給した。ライセンスの問題でMGSVでは武器がすべて架空銃となってしまっているが作中で出てくる「ハニービー」は紛れもなく「スティンガーミサイル」だ。
すぐに決着がつくかと思われた戦闘はアメリカの支援もあり長期化、1989年にソ連はアフガニスタンから撤退することとなる。だがそれだけでは終わらなかった。ソ連撤退後、ムジャヒディンの派閥争いからアフガニスタンは内戦状態へと突入、そうした中からイスラム原理主義組織タリバンが産まれ勢力を拡大*2。9.11同時多発テロとその後のテロとの戦いへと続いていくことになる。アメリカのムジャヒディンに対する支援が9.11の遠因になったのだ。先に引用したノベライズ版MGS1ではシャドーモセスのツインタワーを世界貿易センタービルに重ね合わせる描写がある。世界貿易センタービルを思い起こさせるシャドーモセスのツインタワー上で9.11の遠因となったスティンガーミサイルとハインドの戦いを再演する。MGS2以上に予言めいていると思うのは考え過ぎであろうか。
CIAのムジャヒディンに対する軍事支援計画「サイクロン作戦」を書いたジョージ・クライルのノンフィクション『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』のエピローグは以下のように締めくくられている。
おそらく、この最後の数ページをエピローグと呼ぶのはまちがいだろう。エピローグとは話の締め括りとなる最終章を意味するものだ。だが、悲しいことに、この物語はけっして終ってなどいないのだ。
『蝿の王国』のラストカットを思い出して欲しい。
MGS1のリキッドのセリフをなぞっただけに思えたイーライのセリフが全く別の意味合いを含んでくる。首で見切れた自由の女神像と在りし日のツインタワーを突きつけプレイヤーに「まだ終わっていない」と語りかける。お前がゲーム本編中で行ったことが今も尾を引いているぞ、と。これほど本作の「復讐の連鎖」というテーマに対して完璧なラストカットがあるだろうか。
先のノベライズの作者はインタビューで「“蝿の王国”なんてなくてもいいと思うんです。」と語っていたが*3ぼくにはとてもそうは思えない。「ソ連のアフガン侵攻」、「サイクロン作戦」*4、「ムジャヒディン」といった要素を本編作中で提示した上で「復讐」というテーマに対し『蝿の王国』のラストカットはあまりにも完璧であった。だからこそ制作過程の素材を使った不完全な映像を特典Blue-rayという形で世に出したのではないか? そう思えて仕方ないのだ。
海外のメタルギア公式ツイッターが「Episode51は決してエンディングではない」と投稿していたが*5、それはある意味で正しい。だって、この物語は決して終ってなどいないのだから
*1:洋書だけどほぼ全編日本語だし、Blue-rayでは落ち着いて見られない蝿の王国のコンセプトアートもじっくり見られるのでオススメThe Art of Metal Gear Solid V
*2:
CIAの支援を受けたムジャヒディンの中から台頭してきたタリバンとKGBの支援を受けたMSFから後に生まれてくるアウターヘブンが相似関係になっているというのは考え過ぎだろうか?
*3:
『MGSV』のストーリーをどう読み解くべきか識者に訊く(1/2) - ファミ通.com
*4:
余談だがWikipediaで「サイクロン作戦」の項を見てみると2018年9月12日現在こんな画像とキャプションが出てくる(サイクロン作戦 - Wikipedia)
*5: