コジプロはなぜスタッフ80人、制作期間3年でAAAゲームを作れたのか。──『DEATH STRANDING』のデザイン哲学

コジマプロダクションは『DEATH STRANDING』をスタッフ80人*1、制作期間3年*2で作ったという。通常AAA級の大規模なゲームは制作人数が数百人に及ぶのが一般的であることを考えるとかなりの少人数だと言える。 

 

制作体制がコンパクトであることに関して問われたディレクターの小島秀夫はインタビューでこのように答えている。 

オープンワールドなのに人はほとんど出てこないでしょう? そこに開発コストを割かないためですよ。敵(ゲイザー)が目に見えないのもそうです。

僕もアホじゃないので、豪華に見える部分とそうじゃない部分を企画段階からすべて計算して、100人弱のスタッフでもつくれる仕様にしているんです。 

news.livedoor.com

 

小島秀夫が語るように『DEATH STRANDING』のフィールド上にはほとんど人が出てこない。時雨という触れたものの時間を進める特殊な雨により地上のあらゆるものが朽ち果て、人々は外へ出るのをやめシェルターこもらざるを得なくなったからだ。そうしたシェルターの住人はゲーム中において粗いホログラムとしてしか顔を見せない。野外においてわずかに出てくる敵キャラのミュールや主人公以外の配達人といった人間たちも時雨対策の防護服で皆同じような格好をしている。

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『DEATH STRANDING』より

『DEATH STRANDING』より
雑魚キャラの顔を覆面で隠すことでキャラの顔をつくる手間を省く手法はMGSシリーズでも見られた。

 

一般的なオープンワールドゲームでは街のNPCとして多彩なキャラクターモデルを作らなければいけないところを時雨の設定により工数削減しているのだ。

 

時雨による工数削減はNPCの存在だけに留まらない。昨今のオープンワールドゲームでは様々な動物が出てくることが一般的だが『DEATH STRANDING』の世界ではOPでも示されているように野生動物も時雨の影響下にある。よってゲーム中ではたまに鳥が見えるくらいでプレイヤーが野生の熊に襲われるようなこともない。こうした時雨の影響は動物だけでなく植物にも及ぶ。そのためフィールド上には大きな樹木がほとんど存在せず背の低い草や苔が植生の大部分を占めている。

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『DEATH STRANDING』より

 樹木はゲームのオブジェクトの中でも特に処理が重い。葉があるので単純に表面積が広く、風に揺れたり、リアルな影を落としたり、葉を光が透けるといった表現をしようとすればなおさらである。MGS3を作った際に森の処理が大変で人工的な建築物を舞台としたMGS2よりもフレームレートを下げざる得なかったという話は小島秀夫作品のファンであれば聞いたことがあるのではないかと思う。

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『Fox Engine』の技術デモ
このような表現はとても大変

 先にも述べたように『DEATH STRANDING』のフィールド上にはほとんど樹木がない。アイスランドをモデルとしたゲームの世界には苔と溶岩が一面に広がっており、一部のエリアに存在する樹木も一つひとつがそれぞれ違った複雑な樹形になる広葉樹ではなく、同じような形のものを並んでいても違和感のない針葉樹となっている。こうした樹形のチョイスも工数削減につながっているのであろう。

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『DEATH STRANDING』より

 

 このように『DEATH STRANDING』は制作に必要な工数と実際につぎ込めるリソースとを考慮に入れた上で、少人数でも無理なく開発が可能なように世界設定から設計(デザイン)されている。制作費の都合によりただ単にコストカットでゲームの表現をチープにするのではなく、それに合わせた世界設定を用意することでプレイヤーへ違和感やガッカリ感を与えないようにゲームを創り上げているのである。振り返ってみれば小島秀夫が初代メタルギアステルスゲームとして作ったのも、当時のMSX2のスペックでは多くの弾が画面を飛び交う戦争ゲームを作ることが不可能だったことによる逆転の発想からであった。

www.4gamer.net

GDC2009で「Solid Game Design: Making the “Impossible” Possible」と題して語ったように小島秀夫は技術やリソースといった制約による”不可能”をゲームデザインといった独創的なアイデアで解決してきたゲームデザイナーである。「アイデアというのは複数の問題を一気に解決するものである」とは小島秀夫が師匠と仰ぐ宮本茂の言葉であるが、そういった意味で小島秀夫のデザインは真に優れたデザインだと言えよう。

 

本来、今年3月のGDC2020 において「DEATH STRANDING's Design Philosophy(デス・ストランディングのデザイン哲学)」と題した講演が予定されていた。

www.gdconf.com

ゲームのコンセプト、テーマ、ストーリーテリング、ゲームメカニクスに関して語るとしていた本公演で、上記ような内容が小島秀夫本人の口から聞けるのではないか、答え合わせができるのではないか、と期待していたのだがコロナ禍によってキャンセルになってしまった。新型コロナウイルスの流行が落ち着き、またいつか監督の口から面白い話が聞けるようになることを願ってやまない。

 

 

 

 

 

ところでデスストアートブックの限定版って1月からまるで続報がないけどいつになるんですかね……。

 

*1:

Hideo Kojima Says It's His Destiny To Create New Games And Take Risks - GameSpot

*2:スタジオが本格的に立ち上がりゲームの開発が本格化したのは2017年に入ってから。全米映画俳優組合SAG-AFTRAストライキモーションキャプチャーやボイス収録が1年間出来なかったことも考慮するとかなりの短期間だろう