「Anita Sarkeesianというフェミニストのせいでラスアス2のストーリーが開発中に変更された」は根拠のないデマ

 以前このようなエントリを書いた。

nix-51.hatenablog.com

 簡単にまとめると「エリーやマーリーン、ビルの描写を見れば明らかなようにThe Last of Usは1作目の時点でいわゆる多様性やフェミニズムといった価値観を取り入れている作品であり『「ポリコレ」のせいで続編が歪められた』と批判をするのはおかしくないですか?」という話である。(記事タイトルが煽り気味な点に関しては多少反省している。*1 )

そして以下のような内容のコメントを複数頂いた。

  • Anita Sarkeesianというフェミニストのせいでラスアス2のストーリーがめちゃくちゃになった
  • ディレクターのニール・ドラックマンが「アニータのおかげでストーリーが大幅改善した」と発言している
  • 発売前のトレーラーでは本編冒頭で死亡するジョエルがフィーチャーされており、このこともストーリーが開発中に大幅に改変されジョエルが死亡する物語に変更された証拠である

 

どうやら5ちゃんねるの書き込みを元とした話がまとめブログを通して一部の人達の間で広く共有されているようだ。*2 しかしながら以上のような「フェミニストのせいでラスアス2のストーリーが開発中に変更された」という主張は結論から言ってしまえば完全な事実無根であり、ネット掲示板のデマである。

 

目次

 

 問題のニール・ドラックマンの発言は2014年のもの

 まず、「Anita Sarkeesianというフェミニストのせいでラスアス2のストーリーがめちゃくちゃになった」「ディレクターのニール・ドラックマンが『アニータのおかげでストーリーが改善した』と発言している」という話であるが、そもそもこのニール・ドラックマンの発言はGDCAward2014のものであり、ストーリーが改善したというのもラスアス2ではなく1作目に関する話である。

 

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『Game Developers Choice Awards 2014 - Ambassador Award recipient Anita Sarkeesian』より

youtu.be

 

 

上記のエントリでも述べているようにラストオブアスは1作目の段階でフェミニズム思想を取り入れていた先進的なゲームであった。

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The Last of Us Remastered』オーディオコメンタリーより

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The Last of Us Remastered』オーディオコメンタリーより

ラストオブアスのPS4リマスター版のオーディオコメンタリーで語られるようにエリーやテス、マーリーンと作中の女性キャラは強い女性として描かれている。ニール・ドラックマンの言う「ストーリーの改善」とはそのような1作目の女性キャラの描写に関するものであろう。

 
 

Anita Sarkeesianはそもそもゲームの開発には関わっていない

 上記の話を聞いても「Anita Sarkeesianが開発中ラスアス2のストーリーに影響を与えなかった証拠にはならない!」と言う人もいるかも知れないがそもそも彼女は一作目の時点からゲームの制作には関わっていない。彼女の公式ホームページなりWikipediaなりを見てもらえればわかるがTIME誌の「世界で最も影響力のある100人」等の受賞歴に関する記述はあれど、ゲームの開発に関わったなんて話は載っていない。ラスアス2のスタッフクレジットを探しても彼女の名前は見つからないはずだ。彼女はあくまでメディア評論家という立場であってゲーム制作側の人間ではない。実際、ニール・ドラックマンは2016年のインタビューで、彼女に影響を受けた*3としつつ、「アンチャーテッド4におけるエレナの扱いが典型的な『男性主人公の足を引っ張る女性キャラ』である」という彼女の批判に対しては真っ向から反論している。あくまで二人がクリエイターと批評家という立場であり、ニール・ドラックマンがAnita Sarkeesianの考えに盲目的に傾倒してるというわけではないということがわかるだろう。

www.rollingstone.com

The Feminist Frequency review that I just watched, which I actually really enjoyed, talked about this. I disagree with them. They said they didn’t like how Elena was handled in the story. That she becomes an obstacle to Nathan, that’s she’s this wet blanket, and she’s the thing that’s holding him back.

My interpretation, or at least our intention, is that she’s not. The only thing holding Nate back is Nate.

If anything, Elena is trying to urge him to take this Malaysia job, even though it’s illegal. The thing that makes Elena the most upset is that he doesn’t include her. That’s his biggest flaw in the story, that he ends up lying to her.

 

 

スリードを誘うトレーラーはプレイヤーの体験を守るためであり、MGS2の影響によるもの

 発売された本編と内容の異なるトレーラーに関してもストーリーが開発中に変更されたからではなく、「プレイヤーの体験を守るためのものであり、MGS2に影響を受けた」ものであることがニール・ドラックマンの口から語られている。

www.gamerevolution.com

そもそも、ジョエルが最もフィーチャーされていたトレーラーは2019年9月の発売日告知トレーラーであるが、この時点で延期を考慮しても2020年6月の発売まで1年を切ってる。ストーリーの大幅な改変となるとシナリオの書き直しに始まり、カットシーンのパフォーマンスキャプチャーの再撮影など大量の作業が発生する。この短時間で、しかも新型コロナウイルスの感染流行によりスタジオ撮影やオフィスでの仕事に支障が出ている中で、それらをすべてこなしたというのはいくらノーティードッグでも非現実的だろう。

www.youtube.com

 

また、ジョエルが死亡する展開も初出のPlayStation Experience 2016 Reveal Trailerの時点で示唆されており、映像からそのことを読み取ったファンも多くいた。

彼女の歌声に召喚されたかのように登場するジョエル。彼の姿は影に隠れており、正面姿は見せず、後ろ姿と横顔だけしか映らない。亡霊のようにも見える。

こうした内容から、トレイラーに登場するジョエルは本物ではなく、エリーの想像上の存在であるという考察が一部のファンの間で広まっているのだ。つまりジョエルは死んでいると。

automaton-media.com

 発売前の映像でネタバレ防止の為本編と異なる内容のトレーラーやデモが公開されるのはゲーム業界では広く行われてきた手法であり、直近の例として『Marvel’s Spider-Man: Miles Morales』のゲームプレイデモでも製品版とは違う点が多々見られる。

www.youtube.com

 製品版とは違う内容の映像を発売前のプロモーションで見せる手法自体に対する議論こそあれ、トレーラーの映像を元に「ストーリーが開発中変更された」と言うのは無理筋であろう。

 

※2021年7月18日追記

そもそも本作の発売前のトレーラーにおいてアビーが初登場したのはParis Games Week 2017で披露された第二弾トレーラーであり、ジョエルが初めて姿を見せる発売日告知トレーラーの2年前時点で既にお披露目がされている。

youtu.be

 

また第二弾トレーラー公開直後のPlayStation Experience 2017でドラックマンはジョエルの生死について「みんなが知っているように、この世界に安全な場所なんてない。それはジョエルやエリーにとっても同じことだよ」とも語っている。

blog.ja.playstation.com

追記ここまで

 

 

まとめ

  • ニール・ドラックマンの「アニータのおかげでストーリーが大幅改善した」という発言は2014年のものでラスアス2ではなく1作目に関する話であり、Anita Sarkeesianはそもそもラストオブアスの開発には関わっていない。
  • 発売前にミスリーディングを誘う内容のトレーラーを公開することはゲーム業界で広く行われてきた手法であり 、ニール・ドラックマンも「プレイヤーの体験を守るため」と発言している。

 

 ニール・ドラックマンが「このゲームを好きになれない人も現れるでしょうね。物語が向かう先、描かれるテーマ、愛するキャラクターたちの結末を好きになれない人もいると思う。“普通だった“と言われるのであれば、むしろ全力で嫌って欲しいですね*4」と語っているように、前作の登場人物を好きすぎるあまり今作のストーリーを受け入れられない人や最後までアビーに共感出来ず、許せなかったという人も当然居るだろう。そうした個人の感想は当然否定されるべきではないと思う。しかし、そこから続編を台無しにした黒幕が居るに違いない!と犯人探しを始め、ネット掲示板のデマに踊らされ、呪詛をばら撒くというのは、私にはあまりにも悲しい被害妄想に思えてならない。

 

おそらく、この文章を読んだところで一部の「フェミニストのせいでラスアス2がめちゃくちゃにされた」という物語を信じたい人々は決して納得しないだろうし、確証バイアスがかかっているのでまともに説得することは不可能だろう。*5 だがもしも、まだ未プレイで「何やらラスアス2はフェミニストのせいで駄作になったらしい」というような認識で、たまたまこの文章を読んでくれている人が居たのならば、ぜひ実際に自分でプレイし、駄作であったかどうか自分の目で確かめてみて欲しい。(炎上したおかげでものすごく安くなってることですし) 

そう言われてゲームを実際にプレイし、クリアした上で大切な人の命を奪ったアビーのことをやっぱり許せないし、憎いとさえ思うかもしれない。その時は一度自分自身の抱いたその憎いという感情ときちんと向き合ってみて欲しいと思う。プレイヤーがアビーを憎かったように、アビーもまた大切な人を殺したジョエルのことを憎かったはずだ。私にそう言われたところで、やはりこのゲームのことを好きになれないかもしれないし、それの意見はもっともだとも思う。あなたの感想はあなただけのものであり、他人に指図される筋合いはないし、大切に扱われるべきである。ネットの他人の言葉に流される必要もないし、まして怒りや憎しみにつけこむネット掲示板のデマになど容易く毒されて良いはずがないのだから

 

 

*1:ラスアス2の「相互理解」というテーマにも反するだろうし、馬鹿であること自体を馬鹿にするのはあんまりに可愛そうであろう

*2: https://swallow.5ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1593201300/

*3:アンチャーテッド4では当初、エピローグに出てくるネイトとエレナの子供が娘ではなく息子であったそうだ。

*4:「このゲームが嫌われても構わない」『The Last of Us Part II』制作陣、野心的な企み語る | THE RIVER

*5:冒頭で紹介したエントリに「男性キャラばかりが殺されていくのは行き過ぎたポリコレ思考のせいだ」と主張するコメントをくれた方がいました。きちんとプレイした人は御存知の通りラスアス2はノラやメル、ヤーラ、PSVITAの人と女性キャラも妊婦を含め次々と殺されていきますし、男女に関係なくどんどん人が死んでいく話です。「男ばかりが殺される」というのは完全に認識が歪んでいますし、たぶん彼を説得することは不可能でしょう。