ゲームスタジオが閉鎖された時、開発者には何が起こるのか?──『リセットを押せ:ゲーム業界における破滅と再生の物語』

 

その日の朝、社員は2つの部屋に分けて集められた。怪しげなクイズ番組に出てくる勝者と敗者のようだった。第1の部屋に入った人たちは仕事を続けられると告げられた。(中略)第2の部屋では、人事担当者が前方に立ち、 不運なクイズ参加者たちにレイオフを伝えていた。そして全員の事務手続きが終わるまで室内で待つようにと指示した。

 

『リセットを押せ:ゲーム業界における破滅と再生の物語』p.147-148

 

 

もしも、あなたがゲームを好きでゲームメディアの記事を頻繁にチェックするのなら、ゲームスタジオ閉鎖のニュースを見聞きした経験は一度や二度だけではないはずだ。好きな作品を作ったスタジオが「クリエイティブ人材の異動」「戦略的な組織の再編」といった名目で事実上の規模縮小や組織の解体をされるのを見たこともあるかもしれない。ビデオゲーム業界での大規模なレイオフやスタジオの閉鎖はそれくらい頻繁に起こる。『血と汗とピクセル』の著者ジェイソン・シュライアーの新刊『リセットを押せ:ゲーム業界における破滅と再生の物語』はそうしたレイオフやスタジオ閉鎖は何故起こるのか? そこで働いていたゲームクリエイターたちはどういった事態に見舞われるのか? に迫ったノンフィクションだ。

 

 

国際ゲーム開発者協会が2017年に行ったゲーム業界関係者約1000人を対象とした調査によると調査対象者の直近5年間で勤めた会社の数はフルタイム勤務で平均2.2社になるという。ゲーム業界、とりわけ大企業は何故こうも雇用が不安定なのか。理由は様々だろうが開発中莫大な費用がかかる一方で実際にゲームがリリースされるまで一切の売上が発生しないビジネスモデルが関係しているかもしれない。ゲームが完成を待たずして会社の資金が尽きてしまったのかもしれないし、完成したゲームが会社幹部の期待に応えられるだけの利益を出さなかったのかもしれない。モバイルゲームやオンラインゲームに注力するという経営上の判断から既存の部門が縮小されたのかもしれないし、株主に喜んでもらうため社員数を減らして決算報告書の見かけ上の数字をよくする必要があったのかもしれない。とにかく、そうした理由で職を失った開発者一人ひとりに人生や生活がある。この本で取り上げるのはそうした開発者個人についての物語だ。

 

本作を読んでいて印象的なのがビジネスとして利益を第一に考える会社経営陣とクリエイティビティを優先する現場の対立だ。ある会社では安定して利益を上げられるオンラインマルチプレイモードを作らせようとしたり、また別の会社では基本プレイ無料や課金要素といった流行りのビジネスモデルをゲームに入れるようスタジオに要求したりする。その結果、リソースが足りなくなり数ヶ月かけて作ったオンラインモードを破棄することとなったり、基本プレイ無料といったモデルに合わせてゲームデザインを都度作り直すといった作業が発生し現場を疲弊させる。作りたくもないものを作らされることで、士気が下がったり優秀な人材が離れていくといったことも起こる。第8章で出てくるミシック社の話は特に印象深い。90年代の名作『ダンジョンキーパー』のモバイル版を作ることになるのだが親会社のEAから時短課金要素のある基本プレイ無料タイトルとして作ることを指示される。過去の人気IPを課金要素だらけの楽しくない作品として作ることになったのだ。リリースされればファンや批評家から批判されることをわかっていながらも仕事としてゲームを作り、リリース後は「開発者が自殺しないかな」などネット上でゲーマーの心無い言葉に晒されることとなる。その後ミシック社は閉鎖された。

 

笑えるエピソードも1つ抜粋しておく。ゲーム開発者を夢見るザック・ムンバックは高校卒業直後、インターネットで好きなゲーム会社の住所を調べていた。

ザック・ムンバックが好きだったゲームの多くはEA社が開発して発売していた。そのEAの本社はレッドウッドショアーズという地区にあった。自宅から車でたった30分ほどの距離だ。「襟がある一番良いシャツを着た。そんなのを持ってたんだよ。そうしてEAまで運転して行ったんだ」と彼は思い出す。「正面入口から入って警備員室に歩いて行き、『こんにちは、就職の話で来ました』と言ったんだ」。すると、ムンバックの記憶によれば、人が大勢いる部屋に警備員が案内してくれた。偶然にも新規スタッフの入社日だったのだ。人事担当者が必要書類を手渡す際、ムンバックに名前を尋ねた。「『はい、ザック・ムンバックです』って答えたよ」と彼は回想する。「そうしたら担当の人が『すみません、リストにお名前がないですね』と言って、僕の名前をリストに加えて書類をくれたんだ。別にだましたわけじゃないよ。それで書類に記入して、当日からQA部門でテスターとして働くことになった。要するに、勘違いで入社しちゃったんだ。そんなすごい間抜けな話があるかと思うかもしれないけど、実際に起こったんだよ」

 

『リセットを押せ:ゲーム業界における破滅と再生の物語』p.186

こうした経緯でQAテスターとしてEAに入社したムンバックは直後に高校時代の友人の窃盗事件の捜査妨害で裁判所から自宅拘置命令を出される。足首にGPS監視装置をつけられ自宅と職場以外での行動を制限されたムンバックは親との関係が良好ではなかったので自宅を避け、寝る時以外職場で過ごすようになる。拘置期間が終わったあともそのまま働けるだけ働いたムンバックは、その姿勢を評価されプロデューサーまで出世。後に『デッドスペース』シリーズや『バトルフィールド ハードライン』といったタイトルに関わることとなる。

 

著者の前作『血と汗とピクセル:大ヒットゲーム開発者たちの激戦記』ではAAAタイトルから個人開発のインディーまで様々な大ヒットゲームの開発の舞台裏、苦労話を中心に「何故ゲームを作るのは困難なのか?」「クランチといった長時間労働は何故発生するのか?」を扱っていた。対して今作は大規模レイオフやスタジオの閉鎖がテーマだ。章ごとに一本の作品を扱っていた前作と違い、1つの章の中で複数のタイトルやスタジオが出てきたり、章をまたがって出てくる人物が存在する。そこで各章のスタジオの相関図を出版元が公開している。読む際に活用すると良いかもしれない。

 

 

また『血と汗とピクセル』は原著が出たのは5年も前ではあるものの『ウィッチャー3』のCD Projekt RED、『アンチャーテッド4』のノーティードッグ、『ドラゴンエイジ:インクイジション』のバイオウェアといったタイトルとスタジオを扱っており、その後の各スタジオの紆余曲折を踏まえて今読むのも非常に味わい深いだろう。*1 本全体の構成的にもこちらのほうがとっつきやすいと思う。目次を見て気になるタイトルがあれば是非こちらも読んでみて欲しい。

 

 

 

※原書『Press Reset: Ruin and Recovery in the Video Game Industry』の発売の3カ月後、本作に出てくる38 Studiosの元従業員は未払いのままだった給与の一部を9年越しに受け取ったという。

automaton-media.com

*1:それぞれ後に『サイバーパンク2077』、『The Last of Us Part II』、『ANTHEM』といったタイトルで再びクランチを繰り返している