ラスアス2日本語版の表現規制の何が問題なのか?──『The Last of Us Part II』の作り込みと暴力と表現規制の話

ラスアス2の作り込みがすごい。

Twitterで話題になったロープの挙動に始まり、フィールドの植物や水の流れに侵食されて陥没するアスファルトの表現、キャラクターの豊かなアニメーション、表情や額に浮かび上がる血管、キスシーンで変形する鼻など、ひとつひとつ挙げていたらそれこそ切りがない。

automaton-media.com参考記事

 

特に上記の記事でも紹介されているキャラクターが自然に服を脱ぐシーンには度肝を抜かれた。

 ゲーム中ではこれ以外にも後半のラブシーンでキャラ2人がさも当然のように服を脱ぎ捨てるシーンがある。この短いシーンにどれだけの労力がかかっているのかを考えると気が遠くなってくる。

 

 通常、ゲームでキャラが服を脱ぐシーンというのは布の動きを自然に見せるのがとても難しく、シーンとしても一瞬であるためカットを割ったりカメラワークで誤魔化すのが一般的だ。

『Detroit: Become Human』でカーラがアリスの服を脱がせるシーン。カットが変わるとすでに服を脱ぎ終わっている。

 

 ゲームにおいては超常的な現象を見せるよりもプレイヤーが日常的に見慣れている布やロープの物理的な挙動を自然に違和感なく描くことのほうが難しい。なのでそのような表現を避けたり誤魔化したりすることが多いが、今作ではこのような一瞬の短いシーンであっても妥協なく、誤魔化すことなく作られている。

 

 ラスアス2の武器改造アニメーション。それぞれの武器の各改造ごとにひとつひとつ個別の気合の入ったアニメーションが用意されている。ひとつのセーブデータにおいて一回しか見れない上、改造用のアイテムの数に限りがあるのでゲームクリアまでにすべての改造アニメーションを見るとはできない。

 

 エリーが走りつづけると額に汗をかくなど大抵のプレイヤーが気が付かないであろうところまで徹底的に作られている。

 

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本作の設定画。どれだけディテールにこだわっているかが伝わってくる。/『The Last of Us Part II』

 

この環境ストーリーテリングに関しては漢字文化圏の人間しか気が付かないと思う。 

 

 こうした細分への作り込みはゴア描写や暴力表現に関しても同様だ。

 

日本版の表現規制もすごい。

 例えば敵対している人間や感染者を殺した時、その場所が雪の上であればゆっくりと温かい血が雪を溶かしながら広がっていく。リノリウムの床の上であれば滑るように流れていくし、絨毯や苔の上ならじんわりと染みていくように広がる。水場であれば水に血が混ざっていくし、足元がレンガやタイルを敷き詰めた場所なら目地の溝に沿って流れていく。死体の流血ひとつ取っても執拗に作り込まれているのだ。

目地に沿って流れる血(15分25秒付近から) youtu.be

 

 

日本語版では規制されているが海外版のラストオブアス2でハンドガンを使いヘッドショットをすると頭の肉片が飛び散り、骨がむき出しになり、相手は動かなくなる。近くに壁があれば吹き飛んだ肉片がべっとりと張り付き、あとからゆっくりとずり落ちる。*1 ライフルを使えば手足が欠損し、ショットガンや爆発物を使えば下半身が吹き飛んだりする。ついさっきまで仲間と会話をしていた人が次の瞬間には人だったものに変わる。そういう瞬間をこのゲームは克明に描く。一口食べるごとに断面が変化するアビーの食べるブリトーや建物の鉄筋コンクリートと同じく、このゲームでは肉が抉れた頭部の骨や歯、手足の断面、内蔵など人の体の中に至るまでしっかりと作り込まれている。

www.youtube.com

 こうした過激な身体破壊表現は何も単なる露悪的な趣味というわけではなく、Naughty Dogが「暴力の連鎖」「復讐」という今作のテーマに真摯に向き合った結果である。

 

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The Last of Us Part II』

 

"Ludonarrative Dissonance"という言葉がある。日本語に直訳すると「遊びと物語の不協和音」といったところであろうか。ゲームのプレイとストーリー上の設定に乖離が発生している状態を意味するこの言葉にNaughty Dogは長い間頭を抱えてきた。アンチャーテッドシリーズにおいて「陽気な主人公ネイサン・ドレイクのキャラクターとお宝を手に入れるために何百人もの人を平気で殺してまわるゲームの内容が噛み合っていない」と批評家から事あるごとに指摘をされてきたのだ。

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1000人近くも殺していたら立派な大量虐殺である。/『アンチャーテッド コレクション』

会社としてもそうした批判を気にしていたようでアンチャーテッド4の初期アイディアのひとつとして「ネイサンがゲームの半分を銃を使わずに殴り合いで進めていく」というものもあったそうだ。*2*3

 

Naughty Dogはこのようにゲーム内での「殺人」の扱いの軽さに対して度々強い批判に晒されてきた。そうした中でNaughty Dogがゲームにおける暴力から逃げず、「人に銃を向けて引き金を引くとはどういったことだろうか?」「人の肉体にナイフを挿し込むとどうなるのだろうか?」と自問し、正面からきちんと向き合い、考え抜いたすえに生み出されたのが本作『The Last of Us Part II』である。

このゲームにネイサン・ドレイクのようなヒーローは居ない。誰もが銃で撃たれれば致命傷となり、命を落とす。ゲーム中盤でさっきまで話していた相手があまりにもあっけなく銃で撃たれ殺されたことにショックを受けたプレイヤーも多いのではないかと思う。しかし、それはプレイヤー自身が散々やってきたことでもある。本作に敵キャラひとりひとりに個別に名前があり、会話をし、仲間と協力し、死を嘆いたりするのは「復讐のためにプレイヤーが殺して回っている相手はそれぞれ名前と人生を持ったひとりの人間である」という事実を浮き彫りにするために他ならない。

 

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The Last of Us Part II』

 本作を最後までプレイした人の多くが物語の最終局面においてエリーに対し「もうやめてくれ……」と願ったのではないかと思う。Naughty Dogは「復讐は良くない」という手垢のついたメッセージに対して、復讐の凄惨さとそれを遂げた後に待っている結末を実際にプレイヤーに多面的な角度から体験させ、様々な立場の人に感情移入してもらい、考えさせるというゲームにしかできないアプローチをとった。そうした中で暴力の悲痛さを訴えるためにこのゲームのゴア描写・暴力描写は存在する。そしてそれは本来本作のテーマと不可分なのだ。

 

 

しかし、残念なことに『The Last of Us Part II』の日本語版は、こうした本来テーマと不可分であるはずのゴア・暴力描写が規制されてしまっている。個人的にこのような表現規制はあってはならないと思うし、本作の日本語版に関し発売まで規制内容の詳細を明かさなかったSIEの対応にも強い疑問を持つ。

本作に限らずゾンビゲームで頭部の破損描写が規制されるとヘッドショットを決めた時に敵に止めを刺せたのか、ただ単に怯んだだけなのかが分かりづらくなるなどゲーム性においても強い影響を与えることがある。ゲーム性というゲームの本質に関わるような表現規制はされるべきではないと思うが日本国内においてコンシューマー機で発売されるゲームはCEROの審査を受けなければならず、身体の分離・欠損など「禁止表現」とされる表現を含んだゲームは審査を受けることができず、事実上発売できないのが現状である。*4こうした問題の根源には日本国内におけるビデオゲームの立場の弱さ、扱い軽さ、根強い偏見があり、昨今話題の香川県のゲーム規制条例とも同根の問題ではないのかと個人的には考えてしまう。

 

 

 

SIEのローカライズプロデューサー石立大介氏はTwitter上でユーザーの質問に答える形であくまで「個人的な意見」としながらこの問題の解決策として「ゲームに対する認知や理解が高まっていくようにすること」、そしてその為には「メーカーだけではなくユーザーの方のお力も必要かと思います。」と述べている。本作の日本語へのローカライズは非常に優れたものであり、それ故に表現規制があることが本当に残念でならない。

一介のゲームファンとして個人に出来ることには限りはあるものの、こうやって声を上げていくことで、いずれこのような傑作を表現規制のないクリエイターの意図に忠実な日本語ローカライズ版で遊べるようになることを強く願わずにはいられない。

 

 

 

*1:Naughty DogのビジュアルエフェクトアーティストKirsten Englandによる『The Last of Us Part II』のゴア描写をまとめた動画。 https://www.artstation.com/artwork/ZG5K2G

*2:この辺の話はゲーム開発現場の過酷な実態に迫ったノンフィクション、ジェイソン・シュライアー著『血と汗とピクセル:大ヒットゲーム開発者たちの激戦記』に詳しい。名著である。

(個人的には銃でなく殴り合いならOKというのもそれはそれでどうなんだという感じがするが……)

血と汗とピクセル: 大ヒットゲーム開発者たちの激戦記

*3:ちなみにアンチャーテッド4で敵を1000人倒すと"Ludonarrative Dissonance"というトロフィーが手に入る。クリエイティブディレクターのニール・ドラックマンはこれについて「このトロフィーを思いついたことが私の一番誇りだ」と語っている。

https://www.rollingstone.com/culture/culture-news/uncharted-4-director-neil-druckmann-on-nathan-drake-sexism-in-games-43705/

*4:

CERO審査倫理規定 別表3参照(リンク先pdf) https://www.cero.gr.jp/relays/download/3/43/2/183/?file=/files/libs/183/201711211303545293.pdf

オーストラリアの『夢幻の砂時計』商標登録はゼルダの伝説35周年やリメイクとは関係ない、おそらく。

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ゼルダの伝説 夢幻の砂時計

先日、オーストラリアで『ゼルダの伝説 夢幻の砂時計』の商標が新たに承認されたと一部のゼルダの伝説ファンの間で話題になった。

 2021年はゼルダの伝説35周年の記念すべきアニバーサリーイヤーである。初代ゼルダの伝説の発売日2月21日が迫る中、商標登録の発見によって昨年のスーパーマリオブラザーズ35周年のように『夢幻の砂時計』の移植やリマスター、ゼルダコレクションのようなものが近いうちに発表されるのではないか?という憶測が生まれたわけだ。

 

しかし、今回の商標登録がゼルダの伝説35周年に直接関係するかというとそうではなさそうだ。上記のツイートの画像を見ると商標が出願されたのは2020年1月15日であることが確認できる。オーストラリアの商標を管轄する行政機関IPオーストラリアのウェブサイトで同じ日付に任天堂から行われた商標出願を検索すると37もの商標出願を見つけることが出来る。

search.ipaustralia.gov.au


以下にそのタイトルの一覧を記載する。

  • ALLEYWAY
  • ANIMAL CROSSING CITY FOLK
  • BALLOON KID
  • CARD HERO
  • CRUIS'N
  • DILLON'S ROLLING WESTERN THE LAST RANGER
  • ETERNAL DARKNESS
  • FACE RAIDERS
  • FREAKY FORMS
  • GOLDEN SUN DARK DAWN
  • JAM WITH THE BAND
  • KID ICARUS
  • KIRBY 64 THE CRYSTAL SHARDS
  • KIRBY AIR RIDE
  • KIRBY MASS ATTACK
  • KIRBY'S ADVENTURE
  • MAJORA'S MASK
  • MARIO SPORTS
  • MARIO VS. DONKEY KONG MINI-LAND MAYHEM!
  • MARIO VS. DONKEY KONG MINIS MARCH AGAIN!
  • NINTENDO PRESENTS STYLE BOUTIQUE
  • NINTENDOGS + CATS
  • OCARINA OF TIME
  • PHANTOM HOURGLASS
  • PULLBLOX
  • RADAR MISSION
  • SHADOWS OF ALMIA
  • SKYWARD SWORD
  • SPIRIT CAMERA
  • STEEL DIVER
  • SUPER MARIO SUNSHINE
  • SUPER MARIO WORLD
  • THE ADVENTURE OF LINK
  • THE WIND WAKER
  • URBAN CHAMPION
  • WARIOWARE SMOOTH MOVES
  • WAVE RACE

 ニンテンドッグススティールダイバーウェーブレースカービィ64等いずれもすべて過去に任天堂から発売されたタイトルである。ゼルダの伝説からは『夢幻の砂時計』だけでなく『リンクの冒険』や『時のオカリナ』『ムジュラの仮面』『風のタクト』に『スカイウォードソード』といったシリーズ作が並ぶ。実はこうした商標出願に関する憶測は以前に日本でもあった。任天堂が『カービィのエアライド』を商標出願したとして新作が発売されるのではないか?と話題になったのだ。

automaton-media.com

 

上記のAUTOMATONの記事にあるようにこの時も39もの旧作の商標出願の内のひとつに過ぎなかったわけだが問題はそのタイトルと日付である。何を隠そうこの時の商標も今回のオーストラリアで見つかった商標登録と同じ2020年1月15日に出願されているのである。またこの時の商標出願のリストは『引ク押ス』の北米タイトルである『Pushmo』と『いつの間に交換日記』の英語タイトル『Swapnote』の2つが含まれているかいないかを除き、今回のオーストラリアで見つかったものと全く同じラインナップとなっている。もちろんここに並んだゼルダの伝説作品が今年の35周年記念で移植やリメイクといった形で新たに発売される可能性はゼロではない。しかし、AUTOMATONの記事にもあるようにこうした旧作タイトルの商標出願は再リリースのためではなく訴訟対策といった知的財産管理の一環であり、今回それが国内外で同時に行われたと考えるのが妥当であろう。

 

今日のまとめ

・オーストラリアでの『夢幻の砂時計』の商標登録は37もの旧作タイトルの商標出願のうちのひとつに過ぎない。

・過去に日本でも同じような商標出願が話題になったことがあり、こうした商標出願は新作の発売等ではなく訴訟対策といった動きである可能性が考えられる。

 

 これを書いている時点で35周年まであとちょうど1週間なわけですがゼルダの伝説35周年に関して現時点で任天堂からはなんの発表もされていません。スーパーマリオ 3Dワールド + フューリーワールドも発売になり、いよいよスーパーマリオブラザーズ35周年からゼルダの伝説35周年に任天堂の軸足が移っていくのはでないかという中で逸る気持ちになるのもいちゼルダの伝説ファンとしてよーくわかりますが、こういった憶測や噂、怪しげなリークではなく任天堂からの公式情報できちんと盛り上がったりしたいものです。(ゼルダの伝説35周年ダイレクトはやくきて来てくれ)

 

追記:2021年2月19日

Nintendo Direct 2021.2.18」にて『ゼルダの伝説 スカイウォードソード HD』が発表されました。

 

 

 

 

「Anita Sarkeesianというフェミニストのせいでラスアス2のストーリーが開発中に変更された」は根拠のないデマ

 以前このようなエントリを書いた。

nix-51.hatenablog.com

 簡単にまとめると「エリーやマーリーン、ビルの描写を見れば明らかなようにThe Last of Usは1作目の時点でいわゆるポリコレやフェミニズムといった思想を取り入れている作品であり『ポリコレのせいで続編が歪められた』と批判をするのはおかしくないですか?」という話である。(記事タイトルが煽り気味な点に関しては多少反省している。*1 )

そして以下のような内容のコメントを複数頂いた。

  • Anita Sarkeesianというフェミニストのせいでラスアス2のストーリーがめちゃくちゃになった
  • ディレクターのニール・ドラックマンが「アニータのおかげでストーリーが大幅改善した」と発言している
  • 発売前のトレーラーでは本編冒頭で死亡するジョエルがフィーチャーされており、このこともストーリーが開発中に大幅に改変されジョエルが死亡する物語に変更された証拠である

 

どうやら5ちゃんねるの書き込みを元とした話がまとめブログを通して一部の人達の間で広く共有されているようだ。*2 しかしながら以上のような「フェミニストのせいでラスアス2のストーリーが開発中に変更された」という主張は結論から言ってしまえば完全な事実無根であり、ネット掲示板のデマである。

 

目次

 

 問題のニール・ドラックマンの発言は2014年のもの

 まず、「Anita Sarkeesianというフェミニストのせいでラスアス2のストーリーがめちゃくちゃになった」「ディレクターのニール・ドラックマンが『アニータのおかげでストーリーが改善した』と発言している」という話であるが、そもそもこのニール・ドラックマンの発言はGDCAward2014のものであり、ストーリーが改善したというのもラスアス2ではなく1作目に関する話である。

 

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『Game Developers Choice Awards 2014 - Ambassador Award recipient Anita Sarkeesian』より

youtu.be

 

 

上記のエントリでも述べているようにラストオブアスは1作目の段階でフェミニズム思想を取り入れていた先進的なゲームであった。

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The Last of Us Remastered』オーディオコメンタリーより

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The Last of Us Remastered』オーディオコメンタリーより

ラストオブアスのPS4リマスター版のオーディオコメンタリーで語られるようにエリーやテス、マーリーンと作中の女性キャラは強い女性として描かれている。ニール・ドラックマンの言う「ストーリーの改善」とはそのような1作目の女性キャラの描写に関するものであろう。

 
 

Anita Sarkeesianはそもそもゲームの開発には関わっていない

 上記の話を聞いても「Anita Sarkeesianが開発中ラスアス2のストーリーに影響を与えなかった証拠にはならない!」と言う人もいるかも知れないがそもそも彼女は一作目の時点からゲームの制作には関わっていない。彼女の公式ホームページなりWikipediaなりを見てもらえればわかるがTIME誌の「世界で最も影響力のある100人」等の受賞歴に関する記述はあれど、ゲームの開発に関わったなんて話は載っていない。ラスアス2のスタッフクレジットを探しても彼女の名前は見つからないはずだ。彼女はあくまでメディア評論家という立場であってゲーム制作側の人間ではない。実際、ニール・ドラックマンは2016年のインタビューで、彼女に影響を受けた*3としつつ、「アンチャーテッド4におけるエレナの扱いが典型的な『男性主人公の足を引っ張る女性キャラ』である」という彼女の批判に対しては真っ向から反論している。あくまで二人がクリエイターと批評家という立場であり、ニール・ドラックマンがAnita Sarkeesianの考えに盲目的に傾倒してるというわけではないということがわかるだろう。

www.rollingstone.com

The Feminist Frequency review that I just watched, which I actually really enjoyed, talked about this. I disagree with them. They said they didn’t like how Elena was handled in the story. That she becomes an obstacle to Nathan, that’s she’s this wet blanket, and she’s the thing that’s holding him back.

My interpretation, or at least our intention, is that she’s not. The only thing holding Nate back is Nate.

If anything, Elena is trying to urge him to take this Malaysia job, even though it’s illegal. The thing that makes Elena the most upset is that he doesn’t include her. That’s his biggest flaw in the story, that he ends up lying to her.

 

 

スリードを誘うトレーラーはプレイヤーの体験を守るためであり、MGS2の影響によるもの

 発売された本編と内容の異なるトレーラーに関してもストーリーが開発中に変更されたからではなく、「プレイヤーの体験を守るためのものであり、MGS2に影響を受けた」ものであることがニール・ドラックマンの口から語られている。

www.gamerevolution.com

そもそも、ジョエルが最もフィーチャーされていたトレーラーは2019年9月の発売日告知トレーラーであるが、この時点で延期を考慮しても2020年6月の発売まで1年を切ってる。ストーリーの大幅な改変となるとシナリオの書き直しに始まり、カットシーンのパフォーマンスキャプチャーの再撮影など大量の作業が発生する。この短時間で、しかも新型コロナウイルスの感染流行によりスタジオ撮影やオフィスでの仕事に支障が出ている中で、それらをすべてこなしたというのはいくらノーティードッグでも非現実的だろう。

www.youtube.com

 

また、ジョエルが死亡する展開も初出のPlayStation Experience 2016 Reveal Trailerの時点で示唆されており、映像からそのことを読み取ったファンも多くいた。

彼女の歌声に召喚されたかのように登場するジョエル。彼の姿は影に隠れており、正面姿は見せず、後ろ姿と横顔だけしか映らない。亡霊のようにも見える。

こうした内容から、トレイラーに登場するジョエルは本物ではなく、エリーの想像上の存在であるという考察が一部のファンの間で広まっているのだ。つまりジョエルは死んでいると。

automaton-media.com

 発売前の映像でネタバレ防止の為本編と異なる内容のトレーラーやデモが公開されるのはゲーム業界では広く行われてきた手法であり、直近の例として『Marvel’s Spider-Man: Miles Morales』のゲームプレイデモでも製品版とは違う点が多々見られる。

www.youtube.com

 製品版とは違う内容の映像を発売前のプロモーションで見せる手法自体に対する議論こそあれ、トレーラーの映像を元に「ストーリーが開発中変更された」と言うのは無理筋であろう。

 

まとめ

  • ニール・ドラックマンの「アニータのおかげでストーリーが大幅改善した」という発言は2014年のものでラスアス2ではなく1作目に関する話であり、Anita Sarkeesianはそもそもラストオブアスの開発には関わっていない。
  • 発売前にミスリーディングを誘う内容のトレーラーを公開することはゲーム業界で広く行われてきた手法であり 、ニール・ドラックマンも「プレイヤーの体験を守るため」と発言している。

 

 ニール・ドラックマンが「このゲームを好きになれない人も現れるでしょうね。物語が向かう先、描かれるテーマ、愛するキャラクターたちの結末を好きになれない人もいると思う。“普通だった“と言われるのであれば、むしろ全力で嫌って欲しいですね*4」と語っているように、前作の登場人物を好きすぎるあまり今作のストーリーを受け入れられない人や最後までアビーに共感出来ず、許せなかったという人も当然居るだろう。そうした個人の感想は当然否定されるべきではないと思う。しかし、そこから続編を台無しにした黒幕が居るに違いない!と犯人探しを始め、ネット掲示板のデマに踊らされ、呪詛をばら撒くというのは、私にはあまりにも悲しい被害妄想に思えてならない。

 

おそらく、この文章を読んだところで一部の「フェミニストのせいでラスアス2がめちゃくちゃにされた」という物語を信じたい人々は決して納得しないだろうし、確証バイアスがかかっているのでまともに説得することは不可能だろう。*5 だがもしも、まだ未プレイで「何やらラスアス2はフェミニストのせいで駄作になったらしい」というような認識で、たまたまこの文章を読んでくれている人が居たのならば、ぜひ実際に自分でプレイし、駄作であったかどうか自分の目で確かめてみて欲しい。(炎上したおかげでものすごく安くなってることですし) 

そう言われてゲームを実際にプレイし、クリアした上で大切な人の命を奪ったアビーのことをやっぱり許せないし、憎いとさえ思うかもしれない。その時は一度自分自身の抱いたその憎いという感情ときちんと向き合ってみて欲しいと思う。プレイヤーがアビーを憎かったように、アビーもまた大切な人を殺したジョエルのことを憎かったはずだ。私にそう言われたところで、やはりこのゲームのことを好きになれないかもしれないし、それの意見はもっともだとも思う。あなたの感想はあなただけのものであり、他人に指図される筋合いはないし、大切に扱われるべきである。ネットの他人の言葉に流される必要もないし、まして怒りや憎しみにつけこむネット掲示板のデマになど容易く毒されて良いはずがないのだから

 

 

*1:ラスアス2の「相互理解」というテーマにも反するだろうし、馬鹿であること自体を馬鹿にするのはあんまりに可愛そうであろう

*2: https://swallow.5ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1593201300/

*3:アンチャーテッド4では当初、エピローグに出てくるネイトとエレナの子供が娘ではなく息子であったそうだ。

*4:「このゲームが嫌われても構わない」『The Last of Us Part II』制作陣、野心的な企み語る | THE RIVER

*5:冒頭で紹介したエントリに「男性キャラばかりが殺されていくのは行き過ぎたポリコレ思考のせいだ」と主張するコメントをくれた方がいました。きちんとプレイした人は御存知の通りラスアス2はノラやメル、ヤーラ、PSVITAの人と女性キャラも妊婦を含め次々と殺されていきますし、男女に関係なくどんどん人が死んでいく話です。「男ばかりが殺される」という認識は完全に認知が歪んでいますし、たぶん彼を説得することは不可能でしょう。

コジプロはなぜスタッフ80人、制作期間3年でAAAゲームを作れたのか。──『DEATH STRANDING』のデザイン哲学

コジマプロダクションは『DEATH STRANDING』をスタッフ80人*1、制作期間3年*2で作ったという。通常AAA級の大規模なゲームは制作人数が数百人に及ぶのが一般的であることを考えるとかなりの少人数だと言える。 

 

制作体制がコンパクトであることに関して問われたディレクターの小島秀夫はインタビューでこのように答えている。 

オープンワールドなのに人はほとんど出てこないでしょう? そこに開発コストを割かないためですよ。敵(ゲイザー)が目に見えないのもそうです。

僕もアホじゃないので、豪華に見える部分とそうじゃない部分を企画段階からすべて計算して、100人弱のスタッフでもつくれる仕様にしているんです。 

news.livedoor.com

 

小島秀夫が語るように『DEATH STRANDING』のフィールド上にはほとんど人が出てこない。時雨という触れたものの時間を進める特殊な雨により地上のあらゆるものが朽ち果て、人々は外へ出るのをやめシェルターこもらざるを得なくなったからだ。そうしたシェルターの住人はゲーム中において粗いホログラムとしてしか顔を見せない。野外においてわずかに出てくる敵キャラのミュールや主人公以外の配達人といった人間たちも時雨対策の防護服で皆同じような格好をしている。

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『DEATH STRANDING』より

『DEATH STRANDING』より
雑魚キャラの顔を覆面で隠すことでキャラの顔をつくる手間を省く手法はMGSシリーズでも見られた。

 

一般的なオープンワールドゲームでは街のNPCとして多彩なキャラクターモデルを作らなければいけないところを時雨の設定により工数削減しているのだ。

 

時雨による工数削減はNPCの存在だけに留まらない。昨今のオープンワールドゲームでは様々な動物が出てくることが一般的だが『DEATH STRANDING』の世界ではOPでも示されているように野生動物も時雨の影響下にある。よってゲーム中ではたまに鳥が見えるくらいでプレイヤーが野生の熊に襲われるようなこともない。こうした時雨の影響は動物だけでなく植物にも及ぶ。そのためフィールド上には大きな樹木がほとんど存在せず背の低い草や苔が植生の大部分を占めている。

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『DEATH STRANDING』より

 樹木はゲームのオブジェクトの中でも特に処理が重い。葉があるので単純に表面積が広く、風に揺れたり、リアルな影を落としたり、葉を光が透けるといった表現をしようとすればなおさらである。MGS3を作った際に森の処理が大変で人工的な建築物を舞台としたMGS2よりもフレームレートを下げざる得なかったという話は小島秀夫作品のファンであれば聞いたことがあるのではないかと思う。

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『Fox Engine』の技術デモ
このような表現はとても大変

 先にも述べたように『DEATH STRANDING』のフィールド上にはほとんど樹木がない。アイスランドをモデルとしたゲームの世界には苔と溶岩が一面に広がっており、一部のエリアに存在する樹木も一つひとつがそれぞれ違った複雑な樹形になる広葉樹ではなく、同じような形のものを並んでいても違和感のない針葉樹となっている。こうした樹形のチョイスも工数削減につながっているのであろう。

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『DEATH STRANDING』より

 

 このように『DEATH STRANDING』は制作に必要な工数と実際につぎ込めるリソースとを考慮に入れた上で、少人数でも無理なく開発が可能なように世界設定から設計(デザイン)されている。制作費の都合によりただ単にコストカットでゲームの表現をチープにするのではなく、それに合わせた世界設定を用意することでプレイヤーへ違和感やガッカリ感を与えないようにゲームを創り上げているのである。振り返ってみれば小島秀夫が初代メタルギアステルスゲームとして作ったのも、当時のMSX2のスペックでは多くの弾が画面を飛び交う戦争ゲームを作ることが不可能だったことによる逆転の発想からであった。

www.4gamer.net

GDC2009で「Solid Game Design: Making the “Impossible” Possible」と題して語ったように小島秀夫は技術やリソースといった制約による”不可能”をゲームデザインといった独創的なアイデアで解決してきたゲームデザイナーである。「アイデアというのは複数の問題を一気に解決するものである」とは小島秀夫が師匠と仰ぐ宮本茂の言葉であるが、そういった意味で小島秀夫のデザインは真に優れたデザインだと言えよう。

 

本来、今年3月のGDC2020 において「DEATH STRANDING's Design Philosophy(デス・ストランディングのデザイン哲学)」と題した講演が予定されていた。

www.gdconf.com

ゲームのコンセプト、テーマ、ストーリーテリング、ゲームメカニクスに関して語るとしていた本公演で、上記ような内容が小島秀夫本人の口から聞けるのではないか、答え合わせができるのではないか、と期待していたのだがコロナ禍によってキャンセルになってしまった。新型コロナウイルスの流行が落ち着き、またいつか監督の口から面白い話が聞けるようになることを願ってやまない。

 

 

 

 

 

ところでデスストアートブックの限定版って1月からまるで続報がないけどいつになるんですかね……。

 

*1:

Hideo Kojima Says It's His Destiny To Create New Games And Take Risks - GameSpot

*2:スタジオが本格的に立ち上がりゲームの開発が本格化したのは2017年に入ってから。全米映画俳優組合SAG-AFTRAストライキモーションキャプチャーやボイス収録が1年間出来なかったことも考慮するとかなりの短期間だろう

ラスアス2日本語版の表現規制の何が問題なのか?──『The Last of Us Part II』の作り込みと暴力と表現規制の話

ラスアス2の作り込みがすごい。

Twitterで話題になったロープの挙動に始まり、フィールドの植物や水の流れに侵食されて陥没するアスファルトの表現、キャラクターの豊かなアニメーション、表情や額に浮かび上がる血管、キスシーンで変形する鼻など、ひとつひとつ挙げていたらそれこそ切りがない。

automaton-media.com参考記事

 

特に上記の記事でも紹介されているキャラクターが自然に服を脱ぐシーンには度肝を抜かれた。

 ゲーム中ではこれ以外にも後半のラブシーンでキャラ2人がさも当然のように服を脱ぎ捨てるシーンがある。この短いシーンにどれだけの労力がかかっているのかを考えると気が遠くなってくる。

 

 通常、ゲームでキャラが服を脱ぐシーンというのは布の動きを自然に見せるのがとても難しく、シーンとしても一瞬であるためカットを割ったりカメラワークで誤魔化すのが一般的だ。

『Detroit: Become Human』でカーラがアリスの服を脱がせるシーン。カットが変わるとすでに服を脱ぎ終わっている。

 

 ゲームにおいては超常的な現象を見せるよりもプレイヤーが日常的に見慣れている布やロープの物理的な挙動を自然に違和感なく描くことのほうが難しい。なのでそのような表現を避けたり誤魔化したりすることが多いが、今作ではこのような一瞬の短いシーンであっても妥協なく、誤魔化すことなく作られている。

 

 ラスアス2の武器改造アニメーション。それぞれの武器の各改造ごとにひとつひとつ個別の気合の入ったアニメーションが用意されている。ひとつのセーブデータにおいて一回しか見れない上、改造用のアイテムの数に限りがあるのでゲームクリアまでにすべての改造アニメーションを見るとはできない。

 

 エリーが走りつづけると額に汗をかくなど大抵のプレイヤーが気が付かないであろうところまで徹底的に作られている。

 

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本作の設定画。どれだけディテールにこだわっているかが伝わってくる。/『The Last of Us Part II』

 

この環境ストーリーテリングに関しては漢字文化圏の人間しか気が付かないと思う。 

 

 こうした細分への作り込みはゴア描写や暴力表現に関しても同様だ。

 

日本版の表現規制もすごい。

 例えば敵対している人間や感染者を殺した時、その場所が雪の上であればゆっくりと温かい血が雪を溶かしながら広がっていく。リノリウムの床の上であれば滑るように流れていくし、絨毯や苔の上ならじんわりと染みていくように広がる。水場であれば水に血が混ざっていくし、足元がレンガやタイルを敷き詰めた場所なら目地の溝に沿って流れていく。死体の流血ひとつ取っても執拗に作り込まれているのだ。

目地に沿って流れる血(15分25秒付近から) youtu.be

 

 

日本語版では規制されているが海外版のラストオブアス2でハンドガンを使いヘッドショットをすると頭の肉片が飛び散り、骨がむき出しになり、相手は動かなくなる。近くに壁があれば吹き飛んだ肉片がべっとりと張り付き、あとからゆっくりとずり落ちる。*1 ライフルを使えば手足が欠損し、ショットガンや爆発物を使えば下半身が吹き飛んだりする。ついさっきまで仲間と会話をしていた人が次の瞬間には人だったものに変わる。そういう瞬間をこのゲームは克明に描く。一口食べるごとに断面が変化するアビーの食べるブリトーや建物の鉄筋コンクリートと同じく、このゲームでは肉が抉れた頭部の骨や歯、手足の断面、内蔵など人の体の中に至るまでしっかりと作り込まれている。

www.youtube.com

 こうした過激な身体破壊表現は何も単なる露悪的な趣味というわけではなく、Naughty Dogが「暴力の連鎖」「復讐」という今作のテーマに真摯に向き合った結果である。

 

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The Last of Us Part II』

 

"Ludonarrative Dissonance"という言葉がある。日本語に直訳すると「遊びと物語の不協和音」といったところであろうか。ゲームのプレイとストーリー上の設定に乖離が発生している状態を意味するこの言葉にNaughty Dogは長い間頭を抱えてきた。アンチャーテッドシリーズにおいて「陽気な主人公ネイサン・ドレイクのキャラクターとお宝を手に入れるために何百人もの人を平気で殺してまわるゲームの内容が噛み合っていない」と批評家から事あるごとに指摘をされてきたのだ。

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1000人近くも殺していたら立派な大量虐殺である。/『アンチャーテッド コレクション』

会社としてもそうした批判を気にしていたようでアンチャーテッド4の初期アイディアのひとつとして「ネイサンがゲームの半分を銃を使わずに殴り合いで進めていく」というものもあったそうだ。*2*3

 

Naughty Dogはこのようにゲーム内での「殺人」の扱いの軽さに対して度々強い批判に晒されてきた。そうした中でNaughty Dogがゲームにおける暴力から逃げず、「人に銃を向けて引き金を引くとはどういったことだろうか?」「人の肉体にナイフを挿し込むとどうなるのだろうか?」と自問し、正面からきちんと向き合い、考え抜いたすえに生み出されたのが本作『The Last of Us Part II』である。

このゲームにネイサン・ドレイクのようなヒーローは居ない。誰もが銃で撃たれれば致命傷となり、命を落とす。ゲーム中盤でさっきまで話していた相手があまりにもあっけなく銃で撃たれ殺されたことにショックを受けたプレイヤーも多いのではないかと思う。しかし、それはプレイヤー自身が散々やってきたことでもある。本作に敵キャラひとりひとりに個別に名前があり、会話をし、仲間と協力し、死を嘆いたりするのは「復讐のためにプレイヤーが殺して回っている相手はそれぞれ名前と人生を持ったひとりの人間である」という事実を浮き彫りにするために他ならない。

 

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The Last of Us Part II』

 本作を最後までプレイした人の多くが物語の最終局面においてエリーに対し「もうやめてくれ……」と願ったのではないかと思う。Naughty Dogは「復讐は良くない」という手垢のついたメッセージに対して、復讐の凄惨さとそれを遂げた後に待っている結末を実際にプレイヤーに多面的な角度から体験させ、様々な立場の人に感情移入してもらい、考えさせるというゲームにしかできないアプローチをとった。そうした中で暴力の悲痛さを訴えるためにこのゲームのゴア描写・暴力描写は存在する。そしてそれは本来本作のテーマと不可分なのだ。

 

 

しかし、残念なことに『The Last of Us Part II』の日本語版は、こうした本来テーマと不可分であるはずのゴア・暴力描写が規制されてしまっている。個人的にこのような表現規制はあってはならないと思うし、本作の日本語版に関し発売まで規制内容の詳細を明かさなかったSIEの対応にも強い疑問を持つ。

本作に限らずゾンビゲームで頭部の破損描写が規制されるとヘッドショットを決めた時に敵に止めを刺せたのか、ただ単に怯んだだけなのかが分かりづらくなるなどゲーム性においても強い影響を与えることがある。ゲーム性というゲームの本質に関わるような表現規制はされるべきではないと思うが日本国内においてコンシューマー機で発売されるゲームはCEROの審査を受けなければならず、身体の分離・欠損など「禁止表現」とされる表現を含んだゲームは審査を受けることができず、事実上発売できないのが現状である。*4こうした問題の根源には日本国内におけるビデオゲームの立場の弱さ、扱い軽さ、根強い偏見があり、昨今話題の香川県のゲーム規制条例とも同根の問題ではないのかと個人的には考えてしまう。

 

 

 

SIEのローカライズプロデューサー石立大介氏はTwitter上でユーザーの質問に答える形であくまで「個人的な意見」としながらこの問題の解決策として「ゲームに対する認知や理解が高まっていくようにすること」、そしてその為には「メーカーだけではなくユーザーの方のお力も必要かと思います。」と述べている。本作の日本語へのローカライズは非常に優れたものであり、それ故に表現規制があることが本当に残念でならない。

一介のゲームファンとして個人に出来ることには限りはあるものの、こうやって声を上げていくことで、いずれこのような傑作を表現規制のないクリエイターの意図に忠実な日本語ローカライズ版で遊べるようになることを強く願わずにはいられない。

 

 

 

*1:Naughty DogのビジュアルエフェクトアーティストKirsten Englandによる『The Last of Us Part II』のゴア描写をまとめた動画。 https://www.artstation.com/artwork/ZG5K2G

*2:この辺の話はゲーム開発現場の過酷な実態に迫ったノンフィクション、ジェイソン・シュライアー著『血と汗とピクセル:大ヒットゲーム開発者たちの激戦記』に詳しい。名著である。

(個人的には銃でなく殴り合いならOKというのもそれはそれでどうなんだという感じがするが……)

血と汗とピクセル: 大ヒットゲーム開発者たちの激戦記

*3:ちなみにアンチャーテッド4で敵を1000人倒すと"Ludonarrative Dissonance"というトロフィーが手に入る。クリエイティブディレクターのニール・ドラックマンはこれについて「このトロフィーを思いついたことが私の一番誇りだ」と語っている。

https://www.rollingstone.com/culture/culture-news/uncharted-4-director-neil-druckmann-on-nathan-drake-sexism-in-games-43705/

*4:

CERO審査倫理規定 別表3参照(リンク先pdf) https://www.cero.gr.jp/relays/download/3/43/2/183/?file=/files/libs/183/201711211303545293.pdf

前作ファンを自称しながらラスアス2にポリコレ云々と批判をするのは馬鹿がバレるのでやめたほうが良い。

2021年1月20日追記:コメント欄にAnita Sarkeesianという女性にえらく執着した人が複数いるようなのでそちらについても書きました。よろしくおねがいします。

 

nix-51.hatenablog.com

 

 

ラスト・オブ・アス2のユーザーレビューが大荒れである。

ストーリーに関する賛否に始まり、一部にはポリコレがどうのこうのといった強い批判も見られる。試しに2020年7月5日午前3時現在のAmazonの上位レビューから一部抜粋してみる。

「まさに売り逃げされた気分だ。ラストオブアスをライターの勝手なフェミニスト思想でレ○やポ○コレ要素満載だし本当ラストオブアスを利用されたなって感じ」

 

 「それに性的マイノリティに感化されてからレズの描写がとても目立つ。
開発者がフェミニストに感化され、作品を私物化したからだろう。
そんな映像求めていない。
ユーザーはジョエルとエリーのやり取りを見たかっただけなのに。
ポリコレに配慮し過ぎであり、そういう方面からの支持を取り付けたいがためにジェンダーを利用したとしか思えない。」


【PS4】The Last of Us Part II 【CEROレーティング「Z」】

 曰く「フェミニスト思想にラストオブアスを利用された」「作品を私物化された」らしい。(すごいですね)

不思議で仕方ないのがこういった意見を言っている人たちがどうにも「自分は前作のファンである」と自認しているらしいところだ。

 

そもそもラスト・オブ・アスは1作目の時点でジェンダーや性的多様性を重んじている作品だ。クリエイティブディレクターでライターのニール・ドラックマンは登場人物のひとりであるビルを同性愛者として脚本を書いているし、演者のウィリアム・アール・ブラウンもそのつもりで演技をしている。 

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1作目のビルは明確にゲイだ/『The Last of Us Remastered』オーディオコメンタリーより

作中での女性の描かれ方についても同コメンタリーでは「セクシーさを強調するわけでもなく、単に強い女性として描かれる女性キャラが2人出てくる」とし、それはビデオゲームの世界では珍しいことであったと語られる。多くのビデオゲームと違いラスト・オブ・アスには男性ゲーマーを喜ばすためだけに世界観やキャラの性格、趣味にそぐわない不自然に露出の多い格好をしてる女性キャラは出てこないのだと。 

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The Last of Us Remastered』オーディオコメンタリーより

 

エリーの性的指向だって1のDLCである『Left Behind ‐残されたもの‐』で明確に描かれていた。

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『Left Behind ‐残されたもの‐』

 このようにラスト・オブ・アスは1作目からジェンダーやマイノリティに関してかなり意識して作られた作品だ。そこには本作のクリエイティブディレクターのニール・ドラックマンがイスラエル生まれのユダヤ人であり、移民として、マイノリティとしてのアメリカに対する視線が本作に深く影響していることも大きいのではないかと思う。

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タイトルの「US」はダブルミーニングになっておりラスト・オブ・アスは明確にアメリカについての話だ。/『The Last of Us Remastered』コンセプトアート

このような作品の続編に対し、1作目の時点で描かれていたものを無視して急にポリコレに配慮し始めたかのように批判をするのははっきり言って前作を遊んでいないか読解力のまるでない馬鹿かのどちらかだ。

 

性的マイノリティーの人口に対する比率は3~10%と言われている。数字の大小がなにか意味を持つわけではないのでここでは深くは触れないが10%というとだいたい左利きの人間の割合と同じくらいになる。この手の話で「性的マイノリティーに不自然に配慮した」と言う批判を度々目にするが、そもそも左利きと同じくらい当たり前に存在しているはずの人たちを大多数の異性愛者に配慮してフィクションの中で存在しないものとして不自然に排除して描いてきた歴史がある。左利きの主人公が出てくる作品に「不自然に左利きの人間に配慮した作品だ」と文句をつけている人が居たとしたらそれは単なる馬鹿だろう。

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The Last of Us Part II 』より

どのような下劣な思想を持つのも内心の自由だし、作品に対して様々な意見があるのは当然だ。多様な意見が出てくる事自体自分はむしろ健全であると思っている。しかしながらラスアス2に対して「前作のファンとしてこんな続編絶対に認めません!」と前作ファンを自称しながらポリコレだ云々と批判をするのは「自分は読解力がまるでなく前作で描かれていたものを理解できていない馬鹿です」と言っているようなものだ。馬鹿が馬鹿であることを責める気はないが馬鹿であることを自ら大声で叫ぶのはあまりおすすめしない。ラスト・オブ・アスは元からそういう作品なのだから

 


こくご 1上 [令和2年度] (文部科学省検定済教科書 小学校国語科用)

 

 

P.S.

ラスアス1のPS4リマスター版に収録されているオーディオコメンタリーは他にも面白い裏話が多い。あなたがシリーズファンであり、もしも、まだ聞いたことがないのならば是非聞いてみて欲しい。きっと楽しめるはずだ。

 

 

 

 

追記:「明らかに文章が読めておらずこちらが主張していない内容に対する批判」、「単なる煽り」、「リークされた内容に基づく誤った内容のネタバレに影響された未プレイ者によるもの」等のろくに相手をする価値もないと思われるコメントは削除させてもらいました。あしからず