ゼルダ史における『ティアーズオブザキングダム』の位置付けは結局どこなのか?開発者の発言や任天堂のゲーム作りから考える。──遊びが先か、設定が先か

ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』はファンの間で『リンクの冒険』のはるか未来の作品であるというのが定説であった。しかし、『ブレスオブザワイルド』の直接の続編である『ティアーズオブザキングダム』で描かれた描写はその定説との矛盾点が多く見られた。では、結局のところ『ティアーズオブザキングダム』のゼルダシリーズの時系列における位置はどこなのか? 作品内の描写、関連書籍、開発者インタビューから探ってみる。

『ティアーズオブザキングダム』発売前

ゼルダの伝説シリーズの時系列は『スカイウォードソード』を始まりとし、時のオカリナで3つに分岐するやや複雑な構造をしている。任天堂公式サイトのゼルダの伝説ポータルに詳しく載っているがこのページでは『ブレスオブザワイルド』『ティアーズオブザキングダム』が他の作品と独立した位置に置かれ、他の作品との時系列的なつながりがはっきりしていない。

『ブレスオブザワイルド』『ティアーズオブザキングダム』の位置は公式からは明言されていない

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インタビューにおいてもハイラルの歴史の最後に位置すること以外は明言されてこなかった。

――ハイラルの歴史において、今回のお話はどこに位置付けられるのですか? 過去のどの作品よりも後のお話なのかな、とは思うのですが……。

 

青沼 それはもちろん最後ですよ。でもまあ、わかります、どのラインに続く最後なのか、という話ですよね?(笑)。

 

藤林 それは……ご想像にお任せ、じゃないですか?

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しかし『ブレスオブザワイルド』発売当時からファンの間では「ブレスオブザワイルドは時の勇者敗北ルートの一番最後にあたる作品である」というのが定説であった。その根拠としてはハイラル城の隠し部屋にあるハイラル王の手記の「王家の習わしに従いゼルダと名付ける」という記述があげられる。

ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド

というのも「生まれた姫にゼルダと名付ける」という習わしがハイラル王家に存在するのは時の勇者敗北ルートの『トライフォース3銃士』のあとに起こった「初代ゼルダ姫の悲劇」という事件以降の時代に限られるからだ。

リンクの冒険』説明書より

https://www.nintendo.co.jp/clv/manuals/ja/pdf/CLV-P-HAASJ.pdf

この王の手記の存在により『ブレスオブザワイルド』は時の勇者敗北ルートの最後に位置する作品であるという説が主流であった。『ティアーズオブザキングダム』発売までは。

「初代ゼルダ姫の悲劇」の存在を根拠としてブレスオブザワイルドは勇者敗北ルートの最後に位置する作品とする説がファンの間で主流であった

『ティアーズオブザキングダム』発売後

『ティアーズオブザキングダム』の発売直前、任天堂が公開した開発者インタビューにて本作で「封印戦争」が語られることが明かされた。

物語としても、今回はハイラル王国の過去にもつながるお話で、「封印戦争」と呼ばれる、今までハイラルでは神話でしか語られてこなかった大きな戦いについて語られます。

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「封印戦争」は時の勇者敗北ルート『神々のトライフォース』の本編前に起きた出来事で、ゼルダの伝説 30周年記念書籍『ゼルダの伝説 ハイラル百科』(p.7,224)では「トライフォースの眠る聖地への入り口を七賢者が封じた」出来事と説明されている。

 

ところが『ティアーズオブザキングダム』で語られた封印戦争は「秘石を手にしたガノンドロフを七賢者が封印する」というまったく別の内容であった。その上、起きた時期も『時のオカリナ』と『神々のトライフォース』の間ではなくハイラル建国直後のこととされ、ガノンドロフ誕生の時期など今までの設定との矛盾点が数多く見られた。

『ティアーズオブザキングダム』で描かれた封印戦争は従来の設定と矛盾点が多く見られた

シリーズの設定に対し開発者はどのような発言をしてきたか

ゼルダの伝説シリーズ総合プロデューサーの青沼英二は過去に「『ゼルダ』の物語はすべて後づけだと言ってもよいかもしれません」と発言している。

もともと「ゼルダ」とは、”どんな物語を描くか”よりも、”何を遊びの中心にするか”というのことを最優先課題として作られたビデオゲームなのです。(中略)そのような作り方をしてきたことを考えると、「ゼルダ」の物語はすべて後づけだと言ってもよいかもしれません。

ハイラル・ヒストリア ゼルダの伝説大全』p.238

ここで「”どんな物語を描くか”よりも、”何を遊びの中心にするか”というのことを最優先課題として作られたビデオゲーム」と語っているように、そもそもゼルダの伝説に限らず任天堂のゲームは遊びが主、物語や設定、デザインが従の主従関係で作られてきた。ゼルダの伝説やマリオの生みの親、宮本茂はマリオのデザインに関して「当時のゲーム機の性能に合わせた結果」と語っている。

そもそもマリオが、ぽっちゃりした体型なのは、あの当時のゲーム機のコリジョンが、四角いボックスでしかとれなかったからなんです。なので、もともと「かわいくしよう」と思ったわけではないんですね。解像度が低いので、顔を大きくしたりだとか、当時のゲーム機の性能に合わせた結果、あのようなデザインになったんです。

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宮本茂「まずは人の顔らしく描こうと。そこで、目を描き、鼻を描き、口を描こうとすると・・・。」

 

岩田「圧倒的にドットが足りないんですよね。」

 

宮本「足りないんです。すぐ8×8ドットになっちゃうんです。それで、鼻を描いてヒゲを描いたら口かヒゲかわからないので、そこでドットは稼げると。」

 

岩田「ヒゲを描けば、口は描かなくていいんですよね。」

 

宮本「描かなくていい、これは大きいです。あごは1ドットあればいいですし。
それに目は、縦に2ドットで描くとかわいいかなと(笑)。で、髪の毛を描ききれないので、帽子をかぶせたら帽子は2ドットで抑えられる。」

 

岩田「帽子も、ドット数を抑えるためにかぶせたんですか。」

 

宮本「それに、髪の毛にするとアニメーションにするのが難しいですしね。しかも、帽子をかぶせれば、すぐ下に目があっても大丈夫ですし。」

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こうしたゲーム上の仕様や都合によるデザインは近年の作品でも見られる。『ブレスオブザワイルド』では斧で切った木は瞬時に丸太や木材へと変わり、弓矢で仕留めたイノシシがポンっと漫画チックな肉に変わる。このような非現実的なゲームデザイン上の嘘をプレイヤーが違和感を覚えずに受け入れられるよう「嘘をつきやすい絵作り」として『ブレスオブザワイルド』のアートスタイルは作られている。『ティアーズオブザキングダム』でも過去作ではごく普通の多頭竜であったグリオークが3Dになったことでどこが弱点か視覚的にわかり易いよう単眼の多頭竜となったり、ボコブリンやモリブリンといった前作から続投している敵キャラがスクラビルドで武器に使えることがわかり易いよう角のデザインが変化している。シリーズ通しての主人公リンクのトレードマークである特徴的な長いもみあげも、元をたどればドット絵でエルフ耳のキャラクターの顔の輪郭をわかりやすくするための工夫だったのかもしれない。

 

 

スカイウォードソード』のストーリーでは古代文明が登場するが、これもWiiリモコンプラスを使った新しい遊びを考える中でビートルという虫型ロボットのようなアイテムが生まれ、それによって考えられた設定である。

岩田「ただ、「『ゼルダ』の世界に、なぜビートルのような文明的なカラクリが存在するのか?」とか考えだすと、ちょっと不思議な感じがしますよね。」

 

青沼「でも、このようなカラクリが出てきたからこそ、そこをふくらませていって、今作の古代文明みたいな設定が生まれてきたんです。」

 

小林「そうですね。」

 

青沼「なので『発達した古代文明があった』という設定は、じつは最初から考えていたわけではないんです。だってロケットパンチなんですから(笑)。」

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また、宮本茂ゼルダの伝説のストーリーに関して「作品間のつじつま合わせをしなくて良くなるとすごく楽になる」という主旨の発言もしている。

ゼルダにとってのストーリーというのはシリーズを何本もつくり続けていくと、つじつまが合わなくなりますよね。そのつじつま合わせのために、ものすごく無駄な時間を、じつは使ってるんです。なので、お客さんが『もうそんなことはどうでもいいから』と言ってくれたら、すごく楽になるんですけど(笑)。」

「毎回、舞台設定が違っても、いつもおなじみのキャラクターが出て役を演じる。まあ、『マリオ』がそういう構造になっているんですけど、『ゼルダの伝説』のほうも、リンクとガノンゼルダの関係性を保ちつつも、どんな舞台でもOKですよ、みたいになればすごく楽なんですよね。」

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30年以上もシリーズを続けてきた中で作品間のストーリーや設定に矛盾が出ないよう整合性を取るというのは、自由なゲーム作りにとっては一種の縛りプレイのようなものといわけだ。『ブレスオブザワイルド』『ティアーズオブザキングダム』でディレクターを担当した藤林秀麿も『スカイウォードソード』制作当時、矛盾との戦いに苦労したと語っている。*1

 

ゼルダの伝説 ハイラル百科』のシリーズ時系列を掲載してるページには「この年代記は、現時点で確認できる情報を紡いだにすぎず、不明瞭な部分も多くある。そして、ハイラルの歴史は時世や語り継ぐものによって変化し、これからも紡がれていく。大きく揺らぐことはないにしても、今後新たな伝説が生まれ、歴史が書き換えられていくかもしれない。」と書かれており、実際に2011年に発売された『ハイラル・ヒストリア ゼルダの伝説 大全』から公式の時系列が変化している。

2011年から2017年までの6年の間に公式の時系列において『ふしぎの木の実』と『夢をみる島』の位置が入れ替わっている。(『神々のトライフォース2』と『トライフォース3銃士』は2011年当時未発売)

このようにハイラルの歴史は作品と作っていく中で変化していることはスタッフインタビューでも語られており、*2*3その時々で作っている作品の都合に合わせてシリーズ全体のつながりを変化させてきたシリーズであることが伺える。今でこそ『スカイウォードソード』でその誕生秘話が語られているマスターソードも、『神々のトライフォース』の説明書では封印戦争の際に作られたものとされていた。*4

『ティアーズオブザキングダム』のガノンドロフトライフォースを求めない

従来、ガノンドロフトライフォースを手に入れハイラルを支配しようとしており、力のトライフォースにより魔獣ガノンへと姿を変えるキャラクターである。ところが『ティアーズオブザキングダム』のガノンドロフトライフォースではなく秘石を手にし魔王へとその姿を変える。

このキャラクター設定の変化もゲーム制作上の都合と考えれば納得がいく。触れた者の願いを叶える「黄金の聖三角」ことトライフォースをゲームのキーアイテムとして登場させてしまうとゲームの目的が「トライフォースを集める→ガノンドロフを倒す」という形になってしまい、必然的にトライフォース集めがストーリー進行上の必要条件となってしまう。これはストーリーダンジョンを無視してもラスボスを倒せるという『ブレスオブザワイルド』からの設計思想と相反する。そこでトライフォースの代わりに秘石の設定を生み出したのであろう。宮本茂が「過去作とのつじつま合わせをせずともマリオシリーズのようにリンクとガノンゼルダの関係性を保っていればOKとなればゲーム作りがとても楽になる」と語っていたように、今作では過去作の設定に囚われずにゲームの遊びを優先して、キャラクターや設定を作っていると考えられる。

ゼルダの当たり前を見直す」という方針を突き詰めた結果生まれた
トライフォースが一切関与してこないシリーズ初のガノンドロフ

結局『ティアーズオブザキングダム』の位置づけはどこなのか?

今作でトライフォースが出てこないように「『ティアーズオブザキングダム』の創作上の自由を優先した結果、過去作とのつながりは重視せずに作っている」というのが自分の結論だ。上でも述べてきたように過去作との整合性を考えた上で作品を作るのはゲーム制作において一つの制限であり縛りプレイみないなものだからだ。ゲーム制作上では『ブレスオブザワイルド』『ティアーズオブザキングダム』はシリーズのリブートに近い位置付けの作品であり、過去作とのつながりもはっきりさせない方針なのでは無いかと思う。

 

では、シリーズにおける『ティアーズオブザキングダム』の位置づけを考えるのは完全に無駄なのかというとそうも言い切れない。本作のディレクターである藤林秀麿はファミ通のインタビューにて作品の時系列について以下のように答えている。

『ブレス オブ ザ ワイルド』の後の話であることは間違いないです。そして、基本的に『ゼルダの伝説』シリーズは、破綻しないように物語と世界を考えています。現時点で言えるのは、その2点のみです。「破綻しない」という前提があれば、ファンの方々にも「ということは、それじゃあこういう可能性も?」といろいろ考えていただける余地があると思うんですよ。あくまで可能性として話すとすれば、ハイラル建国の話があってもその前に一度滅んだ歴史がある可能性もあります。「ここをこうしたらおもしろいんじゃない?」といった適当では作っていませんから、あえて語られていない部分も含めて、想像して楽しんでいただければと思います。

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「あくまで可能性として話すとすれば、ハイラル建国の話があってもその前に一度滅んだ歴史がある可能性もあります」と語っているように、ハイラル王国が一度滅んでおり新たに同じ名前の国が建国されたと考えればハイラル建国時期についての矛盾は解消される。

 

実際、ゼルダの伝説公式ポータルの時系列表には『トライフォース3銃士』と初代『ゼルダの伝説』の間に「ハイラル王国衰退」という出来事が存在する。

ハイラル王国衰退

ハイラル王国衰退」自体は『ハイラル・ヒストリア』等にも記述があり、初代ゼルダ姫の悲劇以降ハイラル王国は地方の小王国まで縮小し、これ以降を「衰退の時代」と呼ぶという。仮にこの時代に一度ハイラル王国が滅んでおり、空から降りてきたゾナウ族が新生ハイラル王国を建国したと考えれば強引ではあるが藤林氏の言うように破綻はない。同じようにこれ以前のどこかでガノンが一度完全に倒されており、『ティアーズオブザキングダム』に出てきたガノンドロフ時のオカリナガノンドロフが生まれ変わった存在であり、「封印戦争」も同じ名称の別の出来事と考えれば作中の矛盾点は概ね解消される。「新生ハイラル王国建国」も「ガノンドロフ転生」も時の勇者勝利ルートで起きているイベントではあるのでまったくの荒唐無稽とも言い切れない……かも知れない。

 

根拠が希薄な上に仮説に仮説を重ねているので、ここまでくるとなんでもありではあるが、藤林氏が「あえて語られていない部分も含めて、想像して楽しんでいただければと思います」と言っているように作品間の整合性を取る遊び、いわゆる「考察」のようなことをするのもゼルダの伝説の楽しみ方のひとつだ。『スカイウォードソード』作中のタイムトラベルによる第4のルートの発生や3つのルートが統合されたはるか未来の話など、自分なりの新解釈をあれこれ考えてみるのも面白いだろう。

 

 

*1:藤林「これまでのシリーズを振り返りながら、ひとつひとつをつきあわせていったんです。すると、たくさんの矛盾が出てくるんです」

岩田「『ゼルダの伝説』は初代から25年経ち、たくさんのシリーズを重ねたので、それぞれに物語や設定があって、それをもとに新しい設定づくりをしようとすると、どうしても矛盾との戦いになってしまうんですね」

社長が訊く『ゼルダの伝説 スカイウォードソード』

*2:青沼「ハイラルの歴史というのは、時間とともに変化するんです。つぎの作品を作っていて、何かをやろうとしたときに、「ああ、こっちのほうが都合がいいな」と思ったらガチっとハマったりですとか、逆にヤバいと思ってハメ直したりですとか。じつはいままでにも、一度決まった歴史が、微妙に変わったことは何度かありますから(笑)」

藤林「最近社内で流行している言葉は、“新解釈”です(笑)。厳密に言うと、変わったわけではなくて、新しい資料や新事実が見つかったということなんです」

青沼「歴史の教科書も、細かい部分がどんどん変わっていますよね。だから今回、新たな古文書を見つけたような状況なんですよ(笑)」

『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』祠の解法は3つ以上!? DLC&新作も聞く、アタリマエを超えた驚異の作品作りに迫る開発者インタビュー【後編】 - ファミ通.com

*3:ティアーズオブザキングダム発売前後の発言としてはオランダメディアRTL Nieuwsのインタビューにて、青沼英二が「かつて書籍で解釈の余地のない時系列を公表したことを後悔しているか?」と聞かれ「時系列を決めるときゼルダチーム内にはまったく違うイメージを持っている人も存在しており、その意味ではあの時系列も不完全なものである」と答えている。Interview met Zelda-makers: 'Scenario geïnspireerd door vaderschap' | RTL Nieuws(私はオランダ語は全然わからないのでもしかしたら誤読があるかもしれません。もしオランダ語がわかる人がこれを読んでいて間違ってるよ!ということがあれば指摘してくれると非常に助かります。)

*4:「そこで、ハイラル人は神のお告げで、トライフォースをかどわかす魔を撃退する、退魔の剣を造りました。それはマスターソードといわれ、真の勇者のみが使う事ができるといわれていました。賢者達はまず、マスターソードとそれを扱う勇者の存在を捜しました。しかし事態は急を要してガノンの邪気は王宮に迫ってきました。賢者達と騎士団は持てる力を最大にして、悪しき者との壮絶な戦いを繰り広げました。猛攻に身をていして盾となった騎士団は、残念ながら力尽き、命を落としてしまいましたが、賢者達の封印は完了しました。ハイラルトライフォースの力を悪用するガノンから、平和を守り勝利を喜びました。多くの犠牲をはらったこの戦いは、「封印戦争」として後世に語り継がれています。」https://www.nintendo.co.jp/clvs/manuals/ja/pdf/CLV-P-VAAEJ.pdf