ラスアス2の作り込みがすごい。
Twitterで話題になったロープの挙動に始まり、フィールドの植物や水の流れに侵食されて陥没するアスファルトの表現、キャラクターの豊かなアニメーション、表情や額に浮かび上がる血管、キスシーンで変形する鼻など、ひとつひとつ挙げていたらそれこそ切りがない。
特に上記の記事でも紹介されているキャラクターが自然に服を脱ぐシーンには度肝を抜かれた。
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— NIX (@NIX_51) 2020年6月24日
ゲーム中ではこれ以外にも後半のラブシーンでキャラ2人がさも当然のように服を脱ぎ捨てるシーンがある。この短いシーンにどれだけの労力がかかっているのかを考えると気が遠くなってくる。
通常、ゲームでキャラが服を脱ぐシーンというのは布の動きを自然に見せるのがとても難しく、シーンとしても一瞬であるためカットを割ったりカメラワークで誤魔化すのが一般的だ。
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— NIX (@NIX_51) 2018年10月26日
『Detroit: Become Human』でカーラがアリスの服を脱がせるシーン。カットが変わるとすでに服を脱ぎ終わっている。
ゲームにおいては超常的な現象を見せるよりもプレイヤーが日常的に見慣れている布やロープの物理的な挙動を自然に違和感なく描くことのほうが難しい。なのでそのような表現を避けたり誤魔化したりすることが多いが、今作ではこのような一瞬の短いシーンであっても妥協なく、誤魔化すことなく作られている。
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— NIX (@NIX_51) 2020年6月21日
ラスアス2の武器改造アニメーション。それぞれの武器の各改造ごとにひとつひとつ個別の気合の入ったアニメーションが用意されている。ひとつのセーブデータにおいて一回しか見れない上、改造用のアイテムの数に限りがあるのでゲームクリアまでにすべての改造アニメーションを見るとはできない。
If you make Ellie run for a while, she'll get some sweat on her face. These highlights can be a nice addition to portrait shots.
— Petri Levälahti (@Berduu) 2020年7月5日
13/20 pic.twitter.com/4DdbFZK49f
エリーが走りつづけると額に汗をかくなど大抵のプレイヤーが気が付かないであろうところまで徹底的に作られている。
ラスアス2の美術で地味に芸が細かいなと思ったのはホテルの壁に掛けてあったこれで、間違って漢字が上下逆の状態で飾ってしまっているんだけど後にチャイナタウンのステージで上下が正しい状態で同じものが壁に掛けてあったりするんですよ。 https://t.co/J9KYPx3ZWZ
— NIX (@NIX_51) 2020年6月30日
この環境ストーリーテリングに関しては漢字文化圏の人間しか気が付かないと思う。
こうした細分への作り込みはゴア描写や暴力表現に関しても同様だ。
日本版の表現規制もすごい。
例えば敵対している人間や感染者を殺した時、その場所が雪の上であればゆっくりと温かい血が雪を溶かしながら広がっていく。リノリウムの床の上であれば滑るように流れていくし、絨毯や苔の上ならじんわりと染みていくように広がる。水場であれば水に血が混ざっていくし、足元がレンガやタイルを敷き詰めた場所なら目地の溝に沿って流れていく。死体の流血ひとつ取っても執拗に作り込まれているのだ。
目地に沿って流れる血(15分25秒付近から) youtu.be
日本語版では規制されているが海外版のラストオブアス2でハンドガンを使いヘッドショットをすると頭の肉片が飛び散り、骨がむき出しになり、相手は動かなくなる。近くに壁があれば吹き飛んだ肉片がべっとりと張り付き、あとからゆっくりとずり落ちる。*1 ライフルを使えば手足が欠損し、ショットガンや爆発物を使えば下半身が吹き飛んだりする。ついさっきまで仲間と会話をしていた人が次の瞬間には人だったものに変わる。そういう瞬間をこのゲームは克明に描く。一口食べるごとに断面が変化するアビーの食べるブリトーや建物の鉄筋コンクリートと同じく、このゲームでは肉が抉れた頭部の骨や歯、手足の断面、内蔵など人の体の中に至るまでしっかりと作り込まれている。
こうした過激な身体破壊表現は何も単なる露悪的な趣味というわけではなく、Naughty Dogが「暴力の連鎖」「復讐」という今作のテーマに真摯に向き合った結果である。
"Ludonarrative Dissonance"という言葉がある。日本語に直訳すると「遊びと物語の不協和音」といったところであろうか。ゲームのプレイとストーリー上の設定に乖離が発生している状態を意味するこの言葉にNaughty Dogは長い間頭を抱えてきた。アンチャーテッドシリーズにおいて「陽気な主人公ネイサン・ドレイクのキャラクターとお宝を手に入れるために何百人もの人を平気で殺してまわるゲームの内容が噛み合っていない」と批評家から事あるごとに指摘をされてきたのだ。
会社としてもそうした批判を気にしていたようでアンチャーテッド4の初期アイディアのひとつとして「ネイサンがゲームの半分を銃を使わずに殴り合いで進めていく」というものもあったそうだ。*2*3
Naughty Dogはこのようにゲーム内での「殺人」の扱いの軽さに対して度々強い批判に晒されてきた。そうした中でNaughty Dogがゲームにおける暴力から逃げず、「人に銃を向けて引き金を引くとはどういったことだろうか?」「人の肉体にナイフを挿し込むとどうなるのだろうか?」と自問し、正面からきちんと向き合い、考え抜いたすえに生み出されたのが本作『The Last of Us Part II』である。
このゲームにネイサン・ドレイクのようなヒーローは居ない。誰もが銃で撃たれれば致命傷となり、命を落とす。ゲーム中盤でさっきまで話していた相手があまりにもあっけなく銃で撃たれ殺されたことにショックを受けたプレイヤーも多いのではないかと思う。しかし、それはプレイヤー自身が散々やってきたことでもある。本作に敵キャラひとりひとりに個別に名前があり、会話をし、仲間と協力し、死を嘆いたりするのは「復讐のためにプレイヤーが殺して回っている相手はそれぞれ名前と人生を持ったひとりの人間である」という事実を浮き彫りにするために他ならない。
本作を最後までプレイした人の多くが物語の最終局面においてエリーに対し「もうやめてくれ……」と願ったのではないかと思う。Naughty Dogは「復讐は良くない」という手垢のついたメッセージに対して、復讐の凄惨さとそれを遂げた後に待っている結末を実際にプレイヤーに多面的な角度から体験させ、様々な立場の人に感情移入してもらい、考えさせるというゲームにしかできないアプローチをとった。そうした中で暴力の悲痛さを訴えるためにこのゲームのゴア描写・暴力描写は存在する。そしてそれは本来本作のテーマと不可分なのだ。
しかし、残念なことに『The Last of Us Part II』の日本語版は、こうした本来テーマと不可分であるはずのゴア・暴力描写が規制されてしまっている。個人的にこのような表現規制はあってはならないと思うし、本作の日本語版に関し発売まで規制内容の詳細を明かさなかったSIEの対応にも強い疑問を持つ。
本作に限らずゾンビゲームで頭部の破損描写が規制されるとヘッドショットを決めた時に敵に止めを刺せたのか、ただ単に怯んだだけなのかが分かりづらくなるなどゲーム性においても強い影響を与えることがある。ゲーム性というゲームの本質に関わるような表現規制はされるべきではないと思うが日本国内においてコンシューマー機で発売されるゲームはCEROの審査を受けなければならず、身体の分離・欠損など「禁止表現」とされる表現を含んだゲームは審査を受けることができず、事実上発売できないのが現状である。*4こうした問題の根源には日本国内におけるビデオゲームの立場の弱さ、扱い軽さ、根強い偏見があり、昨今話題の香川県のゲーム規制条例とも同根の問題ではないのかと個人的には考えてしまう。
個人的な意見ですがーー
— Dais Ishidate/石立 大介 (@d_ishidate) 2020年6月21日
ひとつは、IARCなどの国際レーティングを取得すればCEROの同等レーティングとして認められるようにすることです。
もうひとつは、ゲームに対する認知や理解が高まっていくようにすることで、これはメーカーだけではなくユーザーの方のお力も必要かと思います。
また、ご要望については、メーカーにはメーカーの窓口、レーティング機関にはレーティング機関の窓口があります。
— Dais Ishidate/石立 大介 (@d_ishidate) 2020年6月21日
また、議員さんやメディアの方々で、ゲームをサポートする活動を行なってくださっている方々もいらっしゃいますので、そのような方々をサポートすることも役に立つと思います。
SIEのローカライズプロデューサー石立大介氏はTwitter上でユーザーの質問に答える形であくまで「個人的な意見」としながらこの問題の解決策として「ゲームに対する認知や理解が高まっていくようにすること」、そしてその為には「メーカーだけではなくユーザーの方のお力も必要かと思います。」と述べている。本作の日本語へのローカライズは非常に優れたものであり、それ故に表現規制があることが本当に残念でならない。
一介のゲームファンとして個人に出来ることには限りはあるものの、こうやって声を上げていくことで、いずれこのような傑作を表現規制のないクリエイターの意図に忠実な日本語ローカライズ版で遊べるようになることを強く願わずにはいられない。
*1:Naughty DogのビジュアルエフェクトアーティストKirsten Englandによる『The Last of Us Part II』のゴア描写をまとめた動画。 https://www.artstation.com/artwork/ZG5K2G
*2:この辺の話はゲーム開発現場の過酷な実態に迫ったノンフィクション、ジェイソン・シュライアー著『血と汗とピクセル:大ヒットゲーム開発者たちの激戦記』に詳しい。名著である。
(個人的には銃でなく殴り合いならOKというのもそれはそれでどうなんだという感じがするが……)
*3:ちなみにアンチャーテッド4で敵を1000人倒すと"Ludonarrative Dissonance"というトロフィーが手に入る。クリエイティブディレクターのニール・ドラックマンはこれについて「このトロフィーを思いついたことが私の一番誇りだ」と語っている。
*4:
CERO審査倫理規定 別表3参照(リンク先pdf) https://www.cero.gr.jp/relays/download/3/43/2/183/?file=/files/libs/183/201711211303545293.pdf